〜仮説〜
暗示とあの世の情報を読み取るチューニングの関係についての仮説


暗示にかかるということは、あの世の情報を読み取っているということである。

雰囲気を作り出すことによって、その環境が人間に影響を与える。例えば、明るい雰囲気の部屋なら、そこにいる人間も明るくなる。これは暗示にかかったからであり、部屋の雰囲気が暗いのならば、そこにいる人間も暗い気分になる。これも暗示にかかったからだ。

では、暗示にかかるとはなんだろうか。

私の仮説を述べると、外から入ってくる多くの情報の中から、限られた情報だけを、(まるでフィルターにかけるように)自分の中に入れることができる精神状態になっていることではないだろうか。これも一種の軽いトランス状態といえる。この暗示にかかっている状態が激しくなったものをトランスと呼んでいるのではないか。

そして、このように、軽いトランス状態に入った人間は、その環境に応じて意識が狭くなり、特定の部分のあの世の情報を読み取る能力が向上する。

我々はこの世に生きていると思いがちだが、この世というのが、あの世の部分集合であって、我々が生活している空間はすべてあの世の中で存在していると仮定するならば、すべて上手く説明できる。

例えば、霊媒師はよく、霊道ができている、などというが、霊道ができているのが見えるほど、その霊媒師はあの世の情報を読み取る能力が発達しているといえる。

そして、そのような雰囲気を作り出した結果、一般の人も、つまりそこにいる人間もそれに応じた暗示にかかりやすくなっているので、その雰囲気に応じた、あの世の情報を読み取りやすくなっている、と考えることができる。

幽霊をよく見る場所、というのは、幽霊を見やすくなる雰囲気のある環境だからであり、そのような雰囲気がトランスを呼び起こし、そのような精神状態により、幽霊を見ることができる。

残留思念が時間がたつにつれて感じ取りにくくなるのは、チューニングしづらくなるからであり、チューニングしづらくなるのは、魂(残留思念)が時間がたつにつれて成仏してしまうからだろうか???それとも、時間がたち、環境が変わることによって、たとえば、その亡くなってしまった人の見た風景と、現在超能力者の見ている風景が異なってきてしまうため、チューニングが難しくなってしまうからなのか。(匂いにも同じことが言える。超能力者によって、発達した能力は異なる。)

おそらく、後者だろう。つまり、この、チューニングが難しくなってしまった状態を「成仏」と呼んでいるのだ。

また、除霊の様子を見ていると、トランス状態に入れ、もう大丈夫だという暗示にかけている。つまり、あの世のその部分の存在を読み取る能力を、もう大丈夫だと暗示にかけることによって、もう読み取らせないようにしているのである。

呪われるとは、その部分の暗示にかかるということであり、暗示にかかることとは、その部分を読み取る能力が強くなっているということである。これを、暗示によって、無意識の領域から大丈夫だ、と思い込ませることによって、その部分のあの世の情報を読み取らせないようにしているのだ。

このことから、暗示や日常生活で意識的に思い込み(自己暗示にかける)をすることによって、あの世の情報を読み取る能力をコントロールすることができる。これが信じるものは救われる、とか、信念の魔術などといわれるゆえんだ。

この世はあの世の部分であり、我々はあの世の情報を読み取りながら生活している、ということになる。それが、暗示にかかるということであり、悲しくなったり嬉しくなったり、ということの本当の意味である。

「気」では、暗い人の周りには邪気が存在するなどというが、こう考えるとあながち否定できない。


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